全世界に14億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派、カトリック教会。最高指導者にしてバチカン市国の元首であるローマ教皇が死去したことで、新教皇を決める教皇選挙が開催されることに──。
「西部戦線異状なし」のエドワード・ベルガーが監督を務める。主人公のローレンス枢機卿を演じるのは、「シンドラーのリスト」「007 スペクター」のレイフ・ファインズ。
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舞台装置としてのコンクラーベ
世界のカトリックの信者数は増加傾向にあり、14億人強と言われている。世界人口は約81億人。6人に1人が信じているカトリックという宗教のトップがローマ教皇であり、その教皇を選ぶ選挙のことを「コンクラーベ(conclave)」と呼ぶ。
コンクラーベは750年以上前から同じルールで厳密に運営されている。80歳未満の枢機卿(本作品の中では108名)による無記名投票で、投票総数の3分の2以上(本作品では72名以上)を獲得した者が次の教皇となる。一見するとシンプルに見えるが、宗教儀礼のような様々な制限条件が設定されている。
投票は、バチカンのシスティーナ礼拝堂(ミケランジェロの「最後の審判」があることで知られている)で実施する。初日午後に1回目の投票が行われる。そこで決まらなければ、翌日の午前、午後にまた投票を行う。それでも決まらなければ、同様の方法で規定の投票を獲得した候補者が出るまで繰り返す。
外界からの情報は徹底的に遮断される。礼拝堂の窓は外側から板貼りをされて、物理的に封鎖されてしまう。候補者であり、投票者でもある枢機卿たちは、ボディチェックを受けてからでないと礼拝堂に入れない。当然だが、スマートフォンなどの電子機器を持ち込むことはできない。コンクラーベ期間中、枢機卿たちは「聖マルタの家」という質素な宿泊施設に滞在することになるが、ここでも外部との接触は禁じられている。
閉鎖空間の中で行われる選挙。得票数が規定以上に達するまで繰り返される投票。108人の枢機卿は投票者でもあり、候補者でもある。コンクラーベ、物語の舞台装置として完成度が高い。これで何も起きないわけがない。
「教皇選挙」の物語は、コンクラーベの取りまとめを前教皇から託された、首席枢機卿であるローレンスの視点で描かれ、進んでいく。
隔絶された礼拝堂の中で投票が始まるが、主義、主張、人種、国籍も大きく異なる4人の有力候補(強硬な伝統主義のテデスコ(イタリア人)、多様性を重んじるリベラル派のベリーニ(アメリカ人)、穏健な保守派のトランブレ(カナダ人)、信者数が増えて勢いのあるアデイエミ(ナイジェリア人)の中で票が割れてしまう。回数を重ねても、得票数に大きな動きはない。何かが起きないと状況は変わらない。閉塞感と緊張感が高まる中で、票集めのための水面下の活動が動き始める。そうした中で、候補者の枢機卿に関するさまざまな事実が明らかになっていく。
コンクラーベという特殊な儀礼のような選挙を取り扱いつつ、宗教的に繊細なテーマは掘り下げず(例えば、ローレンスが抱える「信仰の危機」はさらっと触れられるだけ)、エンターテイメントに振り切っていたのがよかった。カトリックについて何も知らなくても、意味がわからないシーンはなく、娯楽作品として楽しめるように作られている。ミステリー、謎解きとしての期待には応えつつ、予想は裏切る。コンクラーベを舞台装置として割り切って使う、ミステリーとしてシンプルなストーリーを貫き通すという制作側の美意識のようなものを感じる。
ビジュアルも作品のエンターテイメント性を後押ししていたようにも思う。投票が行われる礼拝堂が非常に美しい(イタリアの撮影所にあったセットを改修したものとのこと)。そして、枢機卿の着る、特徴的な緋色の礼服。シスターの着ている紺色の礼服とは、対照的な、華美で、荘厳で、あからさまに権威を主張している、美しい衣装には目を奪われた。
ミステリー要素の強い作品なので、ストーリーの詳細についてはここでは触れない。代わりに、この作品の別の側面について語ることにしよう。そう、選挙について。