【サブスタンス】他者の容姿を軽々しく否定しすぎる、もしくは肯定しすぎる私たちへのカウンター。ルッキズムが蔓延する世界で生きるということ

奇しくもサブスタンスの説明にある通り、自分からは逃れられない。そこには当然、老いや体型、容姿の変化も含まれる。老いれば体はたるみ、シワは増え、髪の毛の色素は抜けて、人によっては毛髪が抜け落ちる。その変化を食い止めるための美容医療自体を否定はしない。ただ、自然に任せて年齢を刻んでいく体や顔を「終わったもの」として扱うのは、あまりにも命に対して失礼だ。

とはいえ、現代社会においてルッキズムに振り回されない生き方を貫くのは、相当に難しい。犬山紙子さんの書籍『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で、フェミニズムとクィア理論に明るい清水晶子さんの発言として、以下の一節がある。

「ルッキズムにとらわれるべきではありません」と言うのではなく、私たちはルッキズムにとらわれざるを得ない状況にあるということを理解することが大切です。それがルッキズムなのです。その理解のうえではじめて、そんな状況はおかしい、という話ができる。

(犬山紙子(2024)『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、P103より引用

ルッキズムに限らず、あらゆる差別にも言えることだが、「とらわれるな」「気にするな」と言うのは簡単だ。だが実際に渦中にいる当事者は、偏った眼差しに常時怯えている。自身の外見をどう見られるか、どう評価されるか、どう思われるか。第三者が下すジャッジはただの主観でしかなく、それゆえに“平等”とは程遠い。その現実を知っているから、ルッキズムを憎みながらも、ルッキズムにとらわれる。

容姿も、年齢も、自身に起こる変化のすべてを受け入れて、健やかな気持ちで自分を愛したい。多くの人が持っているであろう他愛ない願いを阻害する要因のほとんどは、他者が発した小さな悪意だったりする。かつて私を「30点」と評した同級生、産後の妻を一瞥して「残念な体になったね」とのたまった元夫、「痩せれば少しはマシなのに」と笑った職場の上司。彼らはきっと、自分の発言を覚えてもいないだろう。だが、言われたほうはずっと覚えている。傷になった言葉は刻まれるのだ。それは一種、呪いともいえる。

エリザベスは「若返りたかった」のではなく、「愛されたかった」のだと思う。彼女は、そのためには「今のままではダメだ」と思い込んだ。その呪いは、世界中に転がっている。小石と同じような頻度で、私たちはそれに躓く。本作で描かれたものは、その中のワンシーンに過ぎない。

私たちは、他者の容姿を軽々しく否定しすぎる。もしくは、肯定しすぎる。好みの問題でしかないそれらを、誰もが公に語れるようになったSNS時代、ルッキズムは加速の一途をたどっている。同時に、逆風を突き進む人々の声もちゃんと届いている。その声を拾い、さらに広げる人々の声も。生きづらい世の中だ。だから抗う。

摂食障害、いじめ、就職、職場内評価、パートナーシップ。さまざまな場面や社会課題に通ずるルッキズムの問題は根深い。だからこそ、それに振り回される自分ごと、まずは許容したい。

年は「食う」のではなく「重ねる」もの。刻まれるシワは通ってきた道の数。当たり前の概念が軽々と破壊されるのを目の当たりにしながら、何度でも叫ぶ。私たちは、何歳になっても、どんな容姿であっても、誰に臆する必要もない。私の価値を決められるのは、私だけだ。「新しい自分」など必要ない。私は私のまま、これまで歩んできた歴史を携え、この先も生きていく。だから私には、サブスタンスは要らない。

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■サブスタンス(原題:The Substance)
監督:コラリー・ファルジャ
脚本:コラリー・ファルジャ
撮影:ベンジャミン・クラカン
美術:スタニスラス・レイドレ
編集:コラリー・ファルジャ、ジェローム・エルタベット、ヴァランタン・フェロン
特殊メイクアップ・アーティスト:ピエール=オリヴィエ・ペルサン
特殊効果スーパーバイザー(血の表現):ジャン・ミエル
キーメイクアップ・アーティスト:ステファニー・ギヨン
キーヘアアーティスト:フレデリック・アルジェロ、マリリン・スカーセリ
音楽:ラファティ
出演:デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイドほか
配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/substance/

(イラスト:水彩作家yukko

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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729