本書では、野木さんのドラマが4作品登場する。「逃げるは恥だが役に立つ」「獣になれない私たち」「MIU404」「フェンス」。どれもさまざまな切り口から社会課題を描いており、印象的な台詞が多数ある。過去、osanaiでドラマ「フェンス」のコラムを執筆した。そこで私は、次のように書いている。
すべての社会問題にいえることだが、問題を「なかったこと」にしているのは、「自分には関係ない」と他人事にする人たちだ。
(osanai「【フェンス】「沖縄の問題」ではなく「日本の問題」。他人事にして目を逸らさないで」より引用)
野木作品は、他者の痛みを決して他人事にしない。むしろ自分ごととして引き寄せ、黙殺されがちな痛みや傷を可視化する。派遣社員が押しつけられてきた偏った役割、女性にだけ求められる“可愛げ”、性加害がもたらす痛み、誰と出会うか出会わないかの分岐点。世間が「自己責任」で済ませようとする痛みの多くは、実は社会課題に起因している。
すべてを他責にすることを是としているわけではない。ただ、「他責」という言葉さえもときに暴力になり得るのだと、そういう現実があるのだと示してくれるドラマは、苦境を生きる人々にとっては大袈裟ではなく命綱になる。実際、ドラマ「アンナチュラル」のミコトの台詞で、踏みとどまれた夜が私にもあった。
「あなたの人生は、あなたのものだよ」
このたった一言に救われた。そういう人間は、おそらく私以外にも大勢いるだろう。
自宅で映画やドラマを観るとき、私はよく画面を一時停止して、心に残った台詞を書き留める。メモを見なければ思い出せないことのほうが多い中で、本書の4作品目で描かれる渡辺あや脚本のドラマ「エルピス––希望、あるいは災い」のワンフレーズは、鮮明に記憶している。
「自分の仕事をちゃんとやりたいだけじゃん。何の罪もない人がこれ以上犠牲になるのを見ていたくないだけじゃん。ひとりの人間としてまともに生きたいだけじゃん。なんにも無茶なこと望んでない。当たり前の人間の普通の願いが、どうしてこんなにも奪われ続けなきゃいけないのよ!」
恵那の叫びを、折に触れて思い出す。このシンプルな一節が、本書で紹介される23作品すべてに共通しているように思う。冒頭に書いた通り、私たちの人権や尊厳は、いとも容易く奪われる。だから、常にお守りを握りしめておく必要がある。これは、「虎に翼」で繰り返し語られる憲法第十四条にも通ずる話だ。
私たちの体は私たちのもので、私たちの心は私たちのもので、私たちの人生は私たちのもので、いかなる理由があろうとも、それを他者が侵害する権利はない。
こんな“当たり前”が踏みにじられる世の中で、抗わずに生きるのはひどく難しい。抗う人々を「怖い」という人もいる。だが、私に言わせれば、安全圏からそれを言えてしまえる人々のほうがよほど怖い。
本書は、大きく分けて6つの現実に抗う。「組織と労働」「恋愛の現在地」「生殖」「性加害」「たたみゆく暮らし」「出会いと分岐点」。どのテーマもセンシティブかつ難解だが、私たちの日常から切り離すことはできない。著者が生きてきた道のりの中にも、これらの問題が交差する瞬間があった。分断が加速する現代において、複雑な問題を一刀両断するのではなく、多方面から真摯に向き合う著者の姿勢は、静かだからこそ胸に迫る。
本書後半に収録された「虎に翼」談義では、目まぐるしく変化する価値観についても語られる。変化についていけないと安易に嘆くのではなく、「ポリコレ棒」などと揶揄するでもなく、変化の根底にあるものに目を向ける筆致に、思わず背筋が伸びた。
本書に染み込む思いは、怒りと祈り、そして信頼。人間を諦めきれない、この世界に絶望しきれない。そういう人たちがつくる作品を通して社会を見るとき、私たちは普段より、わずかに広く物事を捉えることができる。
未鑑賞の作品に手を伸ばし、鑑賞済みの作品を改めてなぞり、この社会に抗う物語を見つめ直す。そのきっかけをくれる本書もまた、静かに、しかし確実に、「あらがう」力を携えている。
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■あらがうドラマ 「わたし」とつながる物語
発売日:2025年3月17日
著者:西森路代
デザイン:佐々木俊(AYOND)
発行者:常松心平
発行所:303BOOKS株式会社
校正:小林伸子
印刷・製本:株式会社シナノ
参考サイト:https://303books.jp/drama/
(イラスト:水彩作家yukko)