リアリティショーとしての選挙
2024年は選挙イヤーだった。台湾、イラン、インド、ロシア、ベネズエラ、ルーマニア、そして、アメリカで国の代表を選ぶ選挙が行われた。そして、その多くで既存与党が勢力を失う結果となった。
日本に目を向けてみる。国政においては、衆議院選挙で国民民主党が躍進して第三極に、自民党総裁選選では、長らく“党内野党”と呼ばれる石破茂が第28代総裁に選出された。(THE MATCHというコピーとモノクロの男性ばかりのポスターが話題になった)。地方においても東京都知事選では小池都知事が再選、石丸候補が160万票を獲得して得票数2位になったし、兵庫県知事選では、マスメディアとネットで様々な情報が錯綜し、最終的に現職の齋藤知事が再選することになった。
今僕はほとんどネットで検索をせずに、上述のテキストを書くことができた。自分でも驚いている。自分が住んでいない都道府県の知事に誰が選ばれるかなんて、これまで全く興味がなかったのに。いつの間に、こんなに詳しくなったんだろう。
誰もがそれぞれのエコーチェンバーの中にいる現代で、世の中全体を語ることは難しいが、選挙を含めた政治に関するコンテンツは増えているように感じている。政治の話題を取り上げることで一躍有名になったYouTubeチャンネル「ReHacQ」の登録者数は137万人(2025年3月4日現在)。先述の石丸氏と国民民主党の玉木氏の対談動画は2時間弱の長さがあるにもかかわらず、180万回以上も再生されている。選挙に行くことを呼びかける芸能人やアーティストも増えてきている。ちょっとした会話の中に政治の話題が入ってくる機会も増えて、昔よりも身近なテーマになっているようにも感じている。
政治や社会そのものに対する関心は高まっている、あるいは関心を持つ人は増えているのではないか。そうなれば、試行錯誤を繰り返しながらも、社会はよい方向に変わっていくことになるのではないか。
残念ながら、それは希望ではなく幻想だ。あるいは、都合の良い解釈に過ぎない。事実に目を向けよう。選挙に行く人は以前より減っている。昨年度の衆院選の投票率は53.85%。前回を下回り戦後3番目に低い数値であった(ちなみに、前回の選挙に比べて投票率が上がったのは4県だけであり、全国的な傾向だと言える)。
僕が自分のいるエコーチェンバーの狭さに無自覚なだけかもしれない。一方で、確実に政治や選挙に関するコンテンツの発信量と受信量は増えている。この状態はどうやって説明されるのだろう。
今回「教皇選挙」を観て、その理由を考えるための補助線を一本見つけることができたように思う。それは「選挙はリアリティショーと似ている」ということだ。
僕自身、多くのリアリティショー作品を観たわけではないが、いずれの作品にも①登場人物同士の関係性に重きが置かれる(例えば、恋愛)、②登場人物の過去の言動や実績は明らかにされず、番組内の立場や言動のみが評価される(例えば、職業や異性の前での会話や態度)、③製作者が切り取った断片的な情報に基づいて参加者を理解する(例えば、カメラのない日常を知ることはできない)、④突発的な事件への対応や処理が評価対象になる(例えば、揉め事が起きたときの立ち振る舞い)という特徴があったように思う。そして、選挙もこの要素を多分に含んでいる。
「教皇選挙」では、コンクラーベで有力候補となる枢機卿たちがどのような関係性なのか、誰と誰が対立しているのかが非常にわかりやすく提示される。一方で、それぞれの枢機卿が過去にどんな実績を積み上げていたのかはわからない。彼らのスタンス(保守なのか、リベラルなのか)は明確だが、彼らが教皇として何を実現するのか、具体的な施策について語られることはない。個性的なキャラクターとして各人物が描かれているが、「枢機卿」以外の面については一切語られない。そして、票が割れてから起きる様々な事件がきっかけとなって、候補者が絞り込まれていく。この作品の持つエンターテイメントとしてのおもしろさを、選挙の「政治リアリティショー」という枠組みが強固に下支えしているように見えた。
SNS、YouTube、インスタライブ、TikTok、ポッドキャストといったプラットフォームを通じて、僕らは政治や選挙に関する多種多様なコンテンツを受け取るようになった。それにより、膨大な情報量を取捨選択しながら摂取していく中で、僕らは選挙を「政治リアリティーショー」として消費するようになったのではないか。
「推し」を作り、共感し、応援し、擁護する。ときには、別の候補者を攻撃もする。そうやって消費者として成熟していく。関与を深め、界隈を形成し、知識を獲得し、批判し、反証し、主張するようになっていく。選挙を「政治リアリティーショー」として楽しむようになっていく。一方で、界隈の外の人、コンテンツに触れていない人にとっては、相変わらず政治も選挙も遠いままで、界隈の盛り上がりは届かない。界隈に向けたコンテンツが増えているだけで、投票率は上がらない。