【パスト ライブス/再会】届かない、愛の言葉──スポットライトの外で

ヘソンの帰国を控えた夜、3人は食事を共にする。

英語はそれほど得意ではないヘソン。アーサーも韓国語はおぼろげにしか話すことはできない。ヘソンとアーサーそれぞれの言葉を完璧に理解できるのはナヨンだけ。英語と韓国語を交えながら、時にナヨンが簡単な通訳をしつつ会話するも、3人の雰囲気は終始ぎこちない。

バーへ移動した3人は、ナヨンを真ん中に会話を交わす。次第に、韓国語で2人だけの会話を続けるヘソンとナヨン。「アーサーがいい人だからこそつらい」とナヨンに自分の想いを告白するヘソン。12歳の時に出会い、24歳、そして36歳で再会した自分たち。前世、自分たちはどんな関係だったのか。王妃と王の家来、あるいは枝とそこに止まった鳥か。

言語レベルの違う人どうしが集まると、会話の内容によっては誰かがつまはじきにされてしまうことがある。

ある程度は仕方のないことだとしても、2人の会話は、アーサーの目の前でする話にしてはあまりにも身勝手で残酷だ。そこで繰り広げられるヘソンとナヨンの韓国語の会話は、まさに「2人だけの世界」。アーサーはナヨンの結婚相手であるはずなのに、その姿は報われない恋に胸を焦がす『レ・ミゼラブル』のエポニーヌにも重なる。

韓国語を完璧に理解せずとも、アーサーには、目の前でヘソンがナヨンに愛の告白をしたことくらい分かっていただろう。自分自身で流暢に話せないとはいえ、2人が紡ぐ言葉はナヨンのために学んでいる韓国語。単語の端々から意味を理解できることもある。何より、ヘソンがナヨンに向ける狂おしいほどのまなざし。ナヨンもそれを強く拒絶することはない。それを目の当たりにしたアーサーの胸中を想像すると、息もできなくなるような痛みを感じる。

たとえアーサーがナヨンと同じ英語を話していても、同じ愛の「言語」を話していたとしても、相手が自分以外を見つめはじめてしまったら、愛はもう伝わらない。伝えても、今まで通り受け入れてもらえることはない。その絶望。それでもなお、相手のそばにいることを、そばにいてもらうことを願ってしまう。

それは愛か、それとももはや執着か。

世の中は両想いの人よりも片想いの人であふれている。作中では終始スポットライトの外にいたアーサーの方に感情移入してしまったのは、きっと私だけではないはずだ。

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■パスト ライブス/再会(原題:Past Lives)
監督:セリーヌ・ソン
脚本:セリーヌ・ソン
撮影監督:シャビアー・カークナー
プロダクション・デザイン:グレイス・ユン
編集:キース・フラース
衣装デザイン:カティナ・ダナバシス
音楽:クリストファー・ベア、ダニエル・ロッセン
出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト:https://happinet-phantom.com/pastlives/

(イラスト:水彩作家yukko

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随筆家。徒然なるままに徒然なることを。本・旅・猫・日本酒・文化人類学(観光/災害/ダークツーリズム)などなど。