【パスト ライブス/再会】届かない、愛の言葉──スポットライトの外で

映画「PAST LIVES/再会」で、韓国をルーツにもつ女性ナヨンは、アメリカ人のパートナーであるアーサーとNYで暮らしている。ナヨン自身は12歳から北米に移住したこともあり、韓国語も英語も流暢に話すことができるが、アーサーにとって韓国語は未知の言語だった。

「私たちのあいだに初めからある種のディスコミュニケイションがあって、たぶんどちらもそれを拠りどころにしているようなところがあった」

小説『冷静と情熱のあいだ Rosso』の主人公あおいは、アメリカ人のパートナーとの英語での会話のあとでそう独白する。韓国語を母語とするナヨンにとっても、英語でのコミュニケーションにはそういった感覚があったのかもしれない。

しかし、アーサーは違った。

起きているときは英語でも、寝言は韓国語しか言わないナヨンの世界を理解しようと切望し、韓国語を学び始める。たどたどしい韓国語で、ナヨンと日々の何気ない会話を交わすアーサー。「おはよう」「お腹が空いたよ」。そんなささやかな一言であったとしても、ナヨンの母国語で、ナヨンに想いを伝えることができている。そしてそれがナヨンに伝わっている。それはアーサーにとってどれほどの喜びだっただろうか。

彼女の夢の中の言葉を今の自分が完璧に理解できなくても、自分たちは英語で、そして自分のつたない韓国語で分かり合える。きっと愛の「言語」も一緒だ。もしアーサーが『The Five Love Languages』を読んでいたら、そう思っていたかもしれない。ナヨンがソウルで幼少期を共に過ごしたヘソンが目の前にあらわれるまでは。ナヨンとヘソンはかつてお互いに好意を寄せ合った仲。「好き」「愛している」という直接的な言葉を交わしたことはないにせよ。12歳での離別以来、2人の対面での再会は実に24年ぶりだった。

ナヨンはヘソンの存在をアーサーに隠すことはない。

ヘソンとの出会いや子どもの頃の関係性、大人になってからのやりとり、さらにはソウルからはるばるNYに来る彼と会うことも伝える。ヘソンとの再会を果たした日、帰宅したナヨンはヘソンに会った感想を饒舌に語る。「今の自分の周りにはいない韓国人っぽい韓国人」「魅力的」……。「君にとっても魅力的なのか?」とナヨンに問うアーサー。否定するナヨン。それでもアーサーの表情は浮かない。

夜、ベッドの上でアーサーはナヨンにさらに問い続ける。ナヨンとヘソンの縁を前に自分は敵わない。ナヨンが結婚する相手は自分でなくてもよかったのではないか。ナヨンはアーサーが何を言っても取り合わない。「私はここにいるべくしているの。これが私の人生なの」。ナヨンは終始淡々と答えるが、必死にアーサーと自分自身に言い聞かせているようにも見える。

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S H A R E
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随筆家。徒然なるままに徒然なることを。本・旅・猫・日本酒・文化人類学(観光/災害/ダークツーリズム)などなど。