やはり、映画は映画館で観たい。映画館で素晴らしい作品に出会うたび、そう思う。
今年5月に勃発した全米脚本家組合と全米俳優組合のストライキが先日ようやく収束し、配信に伴う規定がようやく定められたところだ。そんな中で、マーティン・スコセッシやデヴィッド・フィンチャーら有名監督の作品が続々とNetflixやApple TV+などで配信開始している。
配信では話題の新作も色褪せぬ名作も観れるが、映画館で没入して観たからこそ抱けた感想や感情もきっとあるはずだ。
2023年下半期に映画館で観て、心を強く揺さぶり、考えを深めさせてくれた映画たちを紹介したい。
わかりにくい映画
私は、映画の「わかりにくさ」を愛している。台詞で多くを語らず、カメラワークや照明、効果音など、繊細な演出に込められた意図を汲んで楽しむことが、映画の醍醐味のひとつと考えているからだ。
今回紹介したいイラン映画「君は行く先を知らない」は、イラン当局の厳しい検閲をくぐりぬけるために、文字通りわかりにくく作られている。
イランでは反政府的とみなされた映画は上映禁止になり、製作者は罪に問われてしまう。それでも映画として世界に発信し、人々に知ってもらおうとしているのだ。困難な状況でも使命感を持って映画作りに挑む。決して諦めようとしないという勇気を感じる作品である。
本作はイラン北西部へと車で移動し続ける家族の姿を追う。骨折した足にギプスをして身動きがとりづらいが口だけは出す父親。助手席に乗り、歌謡曲をくちずさんでいるかと思えば、突然泣き出す母親。ひたすら黙って運転し続ける長男。やんちゃすぎて手に負えない幼い次男。
どこへ何をするために向かっているのか。説明はないが長男の曇った表情から、ただならぬ事情を抱えていることはわかる。コミカルな家族のやりとりの中にどこか深刻さが垣間見えるのだ。
羊が群れる草原や、澄んだ水が流れる河原など風景美が増していくにもかかわらず、家族それぞれの表情は暗くなっていく。
そして、たどり着いたイラン国境の山奥で、この旅は長男を密輸業者へ引き渡しイランから脱出させるためのものと明らかになる。出国してしまえば、二度と会えないことは皆分かっていたが、なるべく悲しまず、希望ある旅立ちとして見送ろうとしていたのだった。
これは、イランで実際に起きていることだ。人権を無視したイラン当局に絶望し、違法な手段を使ってでも出国する者がいる。自由や権利を奪われた国民たちの不満は募る一方だ。
まさに、今作のパナー・パナヒ監督の父親であるジャファル・パナヒ監督もまた、表現活動の自由を奪われたひとりだ。映画監督として活動するも、2010年に革新派を支持したことで逮捕され、その後20年間の表現活動と海外渡航を禁じられていた。(そんな中、製作活動を諦めず、今年日本公開された「熊は、いない」という作品も意義深い一作)
「君は行く先を知らない」は、イラン国内では上映されていないのだそう。ただ、こうやって日本で公開されたことで、観客の胸に刻まれる。
離れた地でこの映画を観るわたしたちは、「わかりにくさ」の奥にある信念や、今起きている事実に目を向けるべきではないか。