【ほかげ】戦争が人から何を奪い、何を壊すのか。戦後も続いた“戦火”の影で生きた人々の絶望と闇を描いた物語

osanai ほかげ

終戦直後の闇市。絶望を抱えながら、半焼けになった小さな居酒屋で女はひとりで暮らしていた。体を売ることを斡旋されながら生計を立てていく中、戦争孤児の少年と出会う──。
監督は「野火」「斬、」を手掛けた塚本晋也。主演は趣里、助演として森山未來、塚尾桜雅、河野宏紀らが脇を固めた。

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「複雑性PTSD(Complex PTSD)」という病名が、世間に広く認知されるようになって久しい。長期間にわたり虐待や暴力などのトラウマ体験を受けた人が発症する病で、主な症状にフラッシュバックや悪夢、感情コントロールの困難さなどが挙げられる。

かつて、太平洋戦争から帰還した兵士たちの多くも、これらの症状に悩まされた。長年にわたり命の奪い合いが絶えない戦場にとどまり、拷問などの恐怖体験が日常化していた人々。心に深い傷を負うのは必然といえよう。

戦争は、「終戦日」をもって終わりを迎えるのではない。帰還兵をはじめとして、一般市民もまた、「戦後の混乱」という戦禍を強いられる。

映画「ほかげ」を鑑賞し、戦後の闇を覗き込んだような感覚に陥った。その闇は、深淵といっても過言ではないほど生々しく、容赦のないものだった。半焼けの建物内で小さな居酒屋を営む女性、闇市で食べ物を盗んで暮らす少年、戦争の恐怖から抜け出せず眠れぬ夜を過ごす帰還兵、そして、片腕が動かない謎の男。それぞれが抱える闇は、暗がりに灯る火の影のごとく、ゆらゆらと姿を変える。

居酒屋を営む女性は、「居酒屋」が本業ではない。身売りを斡旋され、それ以外に生き延びる術を持たず、店の奥の座敷で客を取って生計を立てていた。また、商売を斡旋した男は、何の躊躇いも断りもなく、女性の体を自分のモノのように扱った。女性は、その現実を諦めていた。“受け入れていた”のではない。“それしか道がなかった”のだ。女性には、かつて夫と子どもがいたが、どちらも戦争で命を落とした。唯一生き延びた自分の運命を、彼女は呪っているように見えた。

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S H A R E
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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729