【君たちはどう生きるか】誰の心にもある“悪意”の芽。矛盾する感情を抱えた上で、私たちは「どう生きるか」

物語終盤、眞人が言った。

「この頭の傷は、僕の悪意の印です」

自分で付けた傷。悪意を持って、誰かを陥れるために付けた傷。その重みを真正面から見据えて生きていこうとする眞人の背筋は、しっかりと伸びていた。その姿を見た瞬間、“眞人はもう大丈夫”と思えた。眞人に限らず、生きている限りさまざまな試練が降りかかることは避けられない。それでも、自分の中に「悪意があること」を知った上で「悪意の暴走を止めたい」と願える人は、きっと大丈夫だと信じたい。

「命」はみな一様に尊いが、心の核となる「魂」は清濁をあわせ持っている。その両方を背負って歩んでいくことが、「生きる」ということなのだ。

「風の谷のナウシカ」にしても、「もののけ姫」にしても、宮﨑駿はこれまで「生きること」を真っ向から描いてきた。本作でも、その真髄は健在である。

「どう生きるか」という問い。重くて難解なこの問いを、私たちは生まれながらにして携えている。今ここにある自分の命と、何をしてでも守りたいと願う二つの命を思った。自分の身体から生まれた、自分とは異なる生命体。本作を、彼らと共に観た。

「俺は、どう生きるのかなあ」

下の息子が、鑑賞後にぽつりと呟いた。その問いを、彼が自分自身の中に持ち得ていることが嬉しかった。それを決めるのは、親ではない。教師でもない。仲良しの友人でもない。「あなた自身がそれを決めて歩いていくんだよ」と、心の中でそっと囁いた。彼らがその問いを手放さず、自分の決めた道を歩んでいけるといい。躓いて転んでも、己の中に潜む悪意に慄く日があったとしても、「生きること」さえ諦めなければ、いつかきっとどうにかなる。そのことだけは、親として伝え続けたい。

暑い夏の日、太陽に焼かれたアスファルトを歩きながら、小さな手のひらを強く握りしめた。小さな手は、隣にいるもうひとりの大人に自然に手を伸ばした。私より少し背の高い影を持つ大きな手のひらが、息子の小さな手をやさしく包み込む。まだ見ぬ未来に不安を抱くことも多いけど、この光景がここに“ある”ことを、まずは大事にしたい。そういう生き方をしたいと、心から思った。

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■君たちはどう生きるか(英題:THE BOY AND THE HERON)
監督:宮﨑駿
脚本:宮﨑駿
原案:吉野源三郎『君たちはどう生きるか』
プロデューサー:鈴木敏夫
作画監督:本田雄
美術:武重洋二
色彩:沼畑富美子、高柳加奈子
撮影監督:奥井敦、藪田順二
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師「地球儀」
出演:山時聡真、菅田将暉、柴咲コウ、あいみょん、木村佳乃、木村拓哉、竹下景子、風吹ジュン、阿川佐和子、滝沢カレン、大竹しのぶ、國村隼、小林薫、火野正平ほか
配給:東宝

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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エッセイスト/ライター。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『BadCats Weekly』など多数|他、インタビュー記事・小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。