【逃げきれた夢】中途半端な日常に奪われる夢

周平は父親を見舞った後、払い忘れた食事代を立て替えてくれた南へのお礼に思い出の場所を案内し、喫茶店に入って語る。「嫌われる教師の種類は3つ。生徒に好かれようとする奴。きれいごとを言う奴。そして、いちばんダメなのは授業がつまらない奴」。自分には全てが当てはまっていたのではないか?と問いかけて自嘲する。同時に、自分が教頭になれたのは誰よりも生徒の吸殻を拾ったからだ、これだけが自慢だ、と胸を張る。

考えてみればおかしな話だ。吸殻を拾うより、生徒が喫煙しないように厳しく注意するのがお前の役目ではないのか、と言いたくなった。優しい教師を演じて、家族だけでなく、生徒とも表面的な付き合いしかしてこなかった周平の人生が垣間見える。

そんな彼に対して、南は正直にきつい言葉を放つ。「確かに先生の授業はつまらんかった」。そして、ある思いを打ち明ける。呆然とする周平。南は迫る。「先生、何か言ってよ」。彼が返した言葉は──。

本音でぶつかってくる相手には、真剣に向き合わざるをえない。彼女と対峙する周平は相変わらず笑っているが、その顔には諦念ではなく何か強いものがあった。変化の根底には、形こそ違えど、息子のために行動した父親と同じものがあったのではないだろうか。

人生の岐路やそこからどう生きるかを決めるには、たくさんのきっかけがある。なかでもいちばん大きなものは、人との出会いだ。出会いとは、新たに他人と知り合うことだけを言うのではない。身近にいる人と向き合い、相手や自分自身の中に新しい一面を発見することもまた、出会いなのだ。

周平はこれまでの自分から抜け出して、日常に奪われてきた本当の人生を取り戻していくのだろうか。 ラスト、いま来た道を歩いて行く彼の背中を追って、一歩踏み出してみたくなった。

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■逃げきれた夢
監督:二ノ宮隆太郎
脚本:二ノ宮隆太郎
撮影:四宮秀俊
照明:高井大樹
録音:古谷正志
美術:福島奈央花
衣装:宮本まさ江
ヘアメイク:吉村英里
音楽:曽我部恵一
出演:光石研、吉本実憂、工藤遥末、杏花、岡本麗、光石禎弘、坂井真紀、松重豊ほか
配給:キノフィルムズ

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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S H A R E
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元コピーライターで、いまは新聞の地域面編集をしています。映画好きで「犬神家の一族」のファン。このスケキヨとのツーショットは宝物です。