【ウィ、シェフ!】ゆるぎないスパイスは

価値観をはじめ互いの違いを認め合う、多様性の尊重はもちろん良いことだ。けれど、今はこの言葉が軽々しく使われ過ぎている気がする。「なんでもよし」となると、何を信じていいのか分からない、という人も多いのではないだろうか。「価値観が違う」と言えば、何もかも許されるのか?とも思う。

この疑問にカティの言葉は気づきを与えてくれる。さまざまな価値観がある一方で、決してゆるがせにしてはいけないものがあるのだ。制限やルールがあるからこそ、自由があるように、ゆるがせにできないものが存在するからこそ、多様性も活きてくるのではないだろうか。

カティは少年たちに「シェフの命令は絶対。返事は『ウィ、シェフ』のみ」と教える。絶対服従を表す「ウィ、シェフ」はタイトルになっていて、ゆるがせにできないものの象徴とも言える。現実にフランスの多くのレストランでは、この体制が採用されている。「ブリガード」という分業システムで、各部門の調理担当者が最高責任者であるシェフに従うことで統制がとれているのだ。本作の原題も「ラ・ブリガード」である。

封建的だ、と批判する人もいるだろう。カティも少年たちには服従を誓わせながら、自身はシェフに逆らって前の職場を辞めている。絶対服従は、命令する者への尊敬がなければできないのだ。

カティは少年たちに野菜を切らせたり、料理の味を説明させたりするなどのテストを行い、一人ひとりの素質を見極める。それぞれの特性を発揮できる調理部門の担当に任命して、彼らの持ち味を引き出す。そんな彼女に少年たちは敬意を持つようになり、料理人として成長していく。やがて、「ウィ、シェフ!」を合言葉に、多彩な個性がハーモニーを奏でる調理チームが形成される。まるでカティが作る、美しくカラフルな「パイプオルガン」のように。

多様性がゆるぎないものによって活かされるなら、ゆるぎないものもまた、多様性の尊重なくしてはあり得ない。少年たちのさまざまな才能を大切に育むことで大きな信頼を獲得し、確固とした関係を築き上げたカティの姿を見ていると、実感する。

大切なのは、両方の適正なバランスをとるさじ加減だろう。

「パイプオルガン」に使う調味料を決して譲らなかったカティ。豊かな個性があふれる世の中をうま味あるものにするには、どのようなスパイスが要るのだろう?そんなことを考えさせる一品、よろしければご賞味あれ。

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■ウィ、シェフ!(原題:La Brigade、英題:Kitchen Brigade)
監督:ルイ=ジュリアン・プティ
脚本:ルイ=ジュリアン・プティ、リザ・ベンギーギ・デュケンヌ、ソフィー・ベンサドゥン
協力:トマ・プジョル
製作:リザ・ベンギーギ・デュケンヌ
音楽:ローラン・ペレズ・デル・マール
撮影:ダヴィッド・シャンビーユ
編集:ナタン・ドラノワ、アントワーヌ・ヴァレイユ
美術:セシル・ドゥルー、アルノー・ブニョール
衣装:エリーズ・ブーケ、リーム・クザイリ
録音:ジュリアン・ブラスコ、ブリュノ・メルセル
出演:オドレイ・ラミー、フランソワ・クリュゼ、シャンタル・ヌーヴィル、ファトゥ・キャバ、ヤニック・カロンボ、アマドゥ・バー、ママドゥ・コイタ、アルファ・バリー、ヤダフ・アウェル、ブバカール・バルデほか
配給:アルバトロス・フィルム

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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元コピーライターで、いまは新聞の地域面編集をしています。映画好きで「犬神家の一族」のファン。このスケキヨとのツーショットは宝物です。