働く場所を求めている障がい者はたくさんいる。
適正な報酬さえあれば、ヘルパー制度を活用しながら自立できる人も増える。親は、先に老いる。将来を考え、不安を抱く家族も多いだろう。現状を変えるには、夏目さんのような信念を持つ人が、もっともっと必要だ。大きな理想を叶えるためには、どうしたってマンパワーが要る。そして、夏目さんが唱える理想──「最低賃金が支払われる労働環境」は、健常者が当たり前に手にしている「日常」であるということも、決して忘れてはならない。
久遠チョコレートの「もがき」の日々は、まだまだこれからも続いていく。カタチだけのSDGsではなく、多様な人々との共生を本当の意味で実現するために、夏目さんは周囲を巻き込み、今日も明日も走り続ける。その背中を、憧れを抱き他人事のように眺めているだけでは、きっと何も変わらない。
この映画は、障がい者のための映画じゃない。
すべての人たちに向けた、「取り残された存在を他人事にしないで」というメッセージだ。
「できないこと」ではなく、「できること」を数えながら生きられる世の中へ。課題に向き合うのは、当事者だけに課せられた責務ではない。一握りの人間に託す使命でもない。みんなで手を伸ばせば、いつかきっと届く。
鑑賞後、上映会場で販売されていた久遠チョコレートを一箱購入した。
赤い小箱をそっと家に持ち帰り、パートナーと一緒に味わうべく、お気に入りの小皿に並べた。美しいビジュアルのQUONテリーヌは、驚くほどなめらかな口溶けで、ドライフルーツの酸味と上質なカカオのハーモニーが、口いっぱいに広がった。私たちは思わず顔を見合わせ、同時に破顔した。
「おいしいね」
そう言って頬をほころばせながら、映画で繰り返し流れていたナレーションを思い返していた。
“温めれば、何度でもやり直せる”
作中、何度も流れるこのナレーションは、チョコレートだけにとどまらず、人同士のつながりにも言えることだ。温めれば、溶けていく。溶けて混ざれば、またやり直せる。
やり直しが叶う社会がいい。失敗さえも温め合える世の中がいい。
失敗して落ち込んでいる人がいたら、背中にそっと手を当てて、チョコレートを渡そう。まずはそこから、そういう小さなところから、私もはじめてみよう。
「誰ひとり取り残さない」
きれいごとを諦めない。それはすべての大人にとって、向き合うべき責務だと思うから。
──
■チョコレートな人々
監督:鈴木祐司
プロデューサー:阿武野勝彦
音楽:本多俊之
音楽プロデューサー:岡田こずえ
撮影:中根芳樹、板谷達男
音声:横山勝
音響効果:久保田吉根、宿野祐
編集:奥田繁
ナレーション:宮本信子
配給:東海テレビ放送
*1:久遠チョコレート ウェブサイトより引用
*2:Aktio Note「久遠チョコレートの挑戦(前編)|多様な人々ともがきながら、共に成長したい」より引用
(イラスト:Yuri Sung Illustration)