【チョコレートな人々】「温めれば、何度でもやり直せる」。できないことではなく、できることを数えながら生きられる世の中へ

転機となったのは、トップショコラティエの野口和男さんとの出会いだった。

チョコレート作りは工程が細かいものの、レシピに忠実に再現すれば、必ずおいしいものができる。ひとりで全工程をこなす必要はなく、作業を細分化して、それぞれが自分の持ち場におけるプロフェッショナルを目指せばいいと、野口さんは進言した。

何より、チョコレートの特性が決め手となった。

「チョコレートは、失敗しても温めればやり直せる」

やり直しがきくチョコレート作りなら、利益確保と障がい者雇用の両立が叶う。

そのビジョンが明確に見えた夏目さんは、パン屋からチョコレートの専門店へと大きく舵を切る。

そうして、身体・精神に障がいを持つ人、セクシュアルマイノリティ、不登校経験者、シングルペアレントなど、多様な人たちにとって働きやすい職場である久遠チョコレートが誕生した。

本作を収録する際、どんな場面であろうとも、夏目さんはただの一度もカメラを止めるよう指示を出すことはなかった。自分たちの取り組みを世に広めるにあたって、美しいサクセスストーリーにしようと思えば、いくらでもできただろう。しかし、夏目さんはそうはしなかった。長年にわたり信頼関係を築いてきた鈴木祐司監督にすべてを委ね、本来であれば伏せておきたい場面さえも、包み隠さず公開した。

夏目さんは、本作において、過去に置き去りにしてしまった人たちへの拭えない悔恨の念をありのままさらけ出した。パン屋時代のスタッフ・みかさんにまつわるエピソードは、その最たるものだった。

みかさんは、障がいゆえに感情のコントロールが難しい特性を持っていた。負荷がかかると大声で泣いたり、壁に頭を打ち付けるなどの自傷行為をしてしまうこともある。

上述した通り、パン作りは工程が複雑で薄利多売だ。利益確保のためには、一定の生産スピードが求められる。しかし、みかさんは手早くマルチタスクをこなすことが苦手だった。それに対し夏目さんが叱責するたび、みかさんは頻繁にパニックを起こす。二人の間には徐々に軋轢が生まれ、とうとうみかさんはパン屋のスタッフを辞めざるを得なくなった。

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S H A R E
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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729