【アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台】想像の中でどこまでも行ける。比較と対話で導く広い世界への好奇心とは?(白百合女子大学 准教授・村中由美子)

比較することで、複眼的な思考力を身につける

──村中先生は、幼少期から映画に関心があったのでしょうか?

実は、私はそれほど映画に詳しいわけではないんです。幼少期は、どちらかといえば文学が好きでした。

特に衝撃を受けたのは、高校生のときに読んだサン=テグジュペリ『人間の土地』です。「なんて美しいんだろう。これをフランス語の原文で読んだら、もっと素晴らしい体験ができるに違いない」と思い、高校卒業後は、フランス語やフランス文学を学ぶことにしました。そして大学在学中に、マルグリット・ユルスナールの緻密な文体に惹かれ、いまも教鞭を執りながら研究を続けています。

──村中ゼミでは、フランス映画と原作の比較を行なっていると聞きました。学生の皆さんも、前向きに取り組んでいるのでしょうか?

前期は、学生のアンケートに基づいて選んだひとつの作品について、フランス語で書かれた原作をみなで輪読し、対応する映画の場面を観ながらディスカッションをします。後期は、学生自身が「原作のある映画」の中から好きな作品をそれぞれ選び、みんなの前で口頭発表し、レポートにまとめてもらうんです。

作品を各自選んでもらうにあたって、「原作のある映画」をまとめたリストを参考として配布することはしますが、作品を選ぶのは学生自身です。学生の自主性を大切にしたいと考えています。学外活動で鑑賞した「アプローズ!」を選んでくれたのも、ひとりの学生でした。選ぶことをきっかけに自ら関心を持ち、能動的に課題に臨む姿勢を育んでもらえたらと思います。

──フランス映画と原作の比較を行なう意義は何ですか?

映画と原作の比較で養えるのは、複眼的な思考力です。情報がひとつだけだと偏りが生じます。映画と原作のどちらにも触れることで、必然的に複数の視点を意識することができます。

大学の学び、特にゼミで目指しているのは、筋道を立てて自分の考えを伝える能力を身につけること。ただ、最初から「映画を鑑賞して批評してください」と指示するだけでは、学生はどこから手をつけていいか迷ってしまいますよね。そういう意味でも、比較は複眼的な思考力を養う上での良いトレーニングになると思います。

──映画と原作では、内容は異なることが多いのでしょうか?

ゼミを5年間やってきて、映画と原作が全く同じだったことは、これまでひとつもありませんでした。映画の制作者は、原作で描かれていることを何かしらの意図をもって変更しているのです。映画という1時間半〜2時間の尺でどうアレンジするか、狙っているターゲットも変えているのか、そういったことを推察しながら学んでもらいます。

「アプローズ!」は実話に基づく映画ではありますが、「原作のある映画」というわけではありません。とはいえ、劇中劇ともいえる「ゴドーを待ちながら」の内容は、かなり本作にも反映されています。私が見どころだと感じたのは、登場人物のラッキーによる長広舌(長々としゃべりたてること)の場面です。「ゴドーを待ちながら」の原語テクストを確認すると、彼の台詞には句点がひとつもありません。映画でも、ラッキーは一気呵成に喋っており、ただただ引き込まれます。私は残念ながらベケットの劇を観たことがないのですが、機会があったら観てみたいですよね。どんなふうに演出されるのかって。

1 2 3
S H A R E
  • URLをコピーしました!

text by

株式会社TOITOITOの代表です。編集&執筆が仕事。Webサイト「ふつうごと」も運営しています。