言葉から離れて、沈黙を許してくれる場所
最近は、旅先に行く前からおおよその感想を想定できてしまうことも多い。ガイドブックや地図アプリ、SNSで景色も口コミもすべて見ることができてしまうのだから。まるで、スタンプラリーのような旅。
それでもリアルな体験は、実感の伴わない情報とは異なるし、「足を運ぶ」という事実自体にも意味があると思うから、そういう旅を否定するつもりはない。それはそれで、きっと楽しい。
ただ、そういう旅だと「言葉から離れる」ことはできないように思う。むしろ、ふだん以上に周囲のモノや感情に名前をつけなくてはいけなくなってしまうのではないか。
「言葉から離れ」て、自分の感覚を取り戻す旅をするならば、特に変わったものはない土地こそふさわしい。余白が必要なのだ。そこにあるのは「特別な非日常」ではなくて、いつもの日常とはちがう「日常」。
知らない土地の日常に静かに身をゆだねていると、いつのまにか心身の感覚が回復していくように感じることがある。見えなかったものに気がついたり、ふだん気にしすぎていたものが、ふわっとどこかへ飛んでいってしまったり。外に出かけるというよりは、自分に還る旅ともいえるだろうか。
冒頭の旅で綴ったように、ここ最近の私は、そういう旅を求めている節があった。だから、この作品は今の私が求めている日々にぴったりだった。
静かな空気。ゆっくりと流れる時間。やさしいふれあい。こういう日々があることを知る。本作は1時間半ほどの限られた時間だったけれど、それでも私は、その瞬間、まぎれもなく登場人物たちと同じ時間を過ごしていた。自分の「いつもの日々」とは、「ちがう日々」に触れてきたのだ。
あぁ、またすぐにでも日々のような旅に出たい。
でも旅は、毎日じゃないからこそいいのだ。そして私の日常の日々だって、旅じゃないからこそ愛おしい時間なのだ。次の旅に出るまでは、もうすこし、旅のような日々を楽しむことにしようと思う。
■旅と日々
監督:三宅唱
原作:つげ義春『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』
脚本:三宅唱
撮影:月永雄太
照明:秋山恵二郎
録音:川井崇満
美術:布部雅人
編集:大川景子
装飾:大原清孝
衣装:立花文乃
ヘアメイク:百瀬広美、荒井智美
キャスティング:杉野剛
音響効果:長谷川剛
音楽:Hi’Spec
出演:シム・ウンギョン、河合優実、髙田万作、斉藤陽一郎、松浦慎一郎、足立智充、梅舟惟永、佐野史郎、堤真一ほか
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/
