【リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界】真実を伝えるということ

どうすれば世界が平和になるのか

ずっと考えていることがある。

どうすれば世界が平和になるのか。どうすれば正義と悪を見分けられるようになるのか。

どちらもすぐに答えが見つかる問いではないが、映画を観て気づいたことがある。「平和」と「平和じゃない場所」は、はっきりと分かれてはいないということ。同時に「正義」と「悪」の境界線も、曖昧だということだ。

パリ解放後の”平和を取り戻した”街で、兵士が女性を強姦しようとしたシーンがある。平和の“見返り”として身体を奪おうとしたのだ。国の正義のために奮闘したその兵士は、果たして「正義」として賞賛される人物だっただろうか。

平和を取り戻しても、行方不明になった人は行方不明のままだ。かと思えば、死臭が立ち込める列車の線路で、何も知らない子どもたちが無邪気に走り回っていた。

撃ち殺されたSS隊員の中には、その帰りを待つ家族がいたかもしれない。スパイ容疑で丸刈りにされる女性にとっては、自分の頭を荒々しく刈る男たちよりも、嘘でも優しく愛をささやいたドイツ兵の方がよっぽどいい人間に見えただろう。

「平和」とくくられる場所にはあらゆる地獄があり、おぞましい光景のはしっこに愛しい日常がある。社会から賞賛される人物がある人にとっては悪魔のような存在で、絶対悪とされる人が、誰かにとってはここにいる誰よりもましな存在だったりする。

真実は人それぞれ違う、ということが真実なのだと思った。

世界は平和にならないかもしれないし、悪人はいなくならないかもしれない。わたしはきっと一生、すべての真実を見抜くことはできないだろう。

だけどひとりひとりの真実を見ようとすることを諦めないこと。真実を伝えるとは、きっとそういうことだと思った。

リー・ミラーがやっていたのは「真実」を写すことではなかった。大きな「真実」にかき消されそうな個人の現実を、“見ようとし続ける”ことだったのだ。

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■リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界(原題:LEE)
監督:エレン・クラス
脚本:リズ・ハンナ、マリオン・ヒューム、ジョン・コリー
美術:ジェマ・ジャクソン
キャスティング・ディレクター:ルーシー・ビーヴァン、オリヴィア・グラント
衣装:マイケル・オコナー
ヘアメイク:イヴァナ・プリモラック
編集:ミッケル・E・G・ニルソン
音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:ケイト・ウィンスレット、アンディ・サムバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、マリオン・コティヤール、ジョシュ・オコナー、アンドレア・ライズボロー、ノエミ・メルランほか
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
公式サイト:https://culture-pub.jp/leemiller_movie/index.html

(イラスト:水彩作家yukko

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フリーライター、エッセイスト、Web編集者、ときどき広報。沖縄に10年くらい住んでます。読書と短歌と育児が趣味。