何もかもが完璧なタリーの正体とは。マーロが置かれていた状況、育てにくい子どもに向き合う母親(養育者)への支援不足、誰にも頼れない中で子どもを育てる苦悩。タリーとのやりとりで“におわせていた”違和感の正体は、マーロにとって苦しい現実を示すものだった。
私は、“これ”を知っている。
育児に追われる中で、母親の心身はあっという間に置き去りにされる。連日まともに眠れず、心身共に休めない状況が長く続けば、大半の人は冷静な判断力を失う。その結果、本来の自分なら決して取らない行動を衝動的に選択してしまう人もいる。そうなる前にSOSが出せていれば、出したSOSがすかさずキャッチされていれば、選択を誤らずに済んだ人がどれだけいただろう。
現実世界においても、育児によるストレスから悲しい事件へと発展する事案が後を絶たない。産後うつを発症する妊産婦は決して珍しいケースではなく、場合によっては専門機関が介入して適宜支援を行う場合もある。しかし、多くの場合は専門機関につながる段階にさえ辿り着けず、ひとりきりで抱え込み、最悪の選択をしてしまう人もいる。
育児ストレスや産後うつを起因として、乳幼児の命が奪われる事件が起こるたび、さまざまな意見が飛び交う。その中には、「父親の育児参加が不十分だったのでは」という見方も散見される。もちろん、そのようなケースもあるだろうし、母親だけに育児を担わせる社会の風潮は間違っていると思う。
一方で、父親が育児に参加したい気持ちはあれど、勤め先が育児休暇に無理解であるケースも多い。その場合、働かなければ生活は成り立たず、仕事に行けば妻と子から目を離してしまう結果となる。数日ならまだしも、長期的ケアが必要とされる産後うつが回復するまで夫が職場を休職することが許容される企業なら、そもそも育児休暇の取得を容認しているだろう。長期的に仕事を休めば経済的に破綻する。「妻の産後うつ」による看病、介護、育児の必要性が生じた場合でも、国からの経済支援は多くを望めない。その状況で家族の生活を守っていくのは、非常に困難である。