【ワイルド・アット・ハート】ワイルド・アット・ハート=ブレッソン×フェリーニ×クロサワ

ここまできたら黒澤明の名を出さないわけにはいかないだろう。黒澤ほど顔を映すことにこだわった監督を知らない。「用心棒」の山田五十鈴を母親とする一家の密談や、「七人の侍」の宮口精二の決闘シーンを見つめる志村喬と木村功とエキストラの顔の配置。なにより別れを告げられたローラ・ダーンの目元のアップは、「白痴」で自宅の玄関口の小窓からぬっと現れる三船の両眼を想起させる。
歌と演奏についても言わずもがな、初監督作の「姿三四郎」から遺作の「まあだだよ」まで、歌も演奏も無い黒澤映画は、雨が降らない黒澤映画よりも珍しい。しかし決定的な違いといえば、本作のメインキャラクターであるニコラス・ケイジは恥ずかしげもなく歌うが、黒澤的主役の三船の歌はついぞ聞いたことがない。主題で語ることの無意味さ、じっと見ることの面白さを教えてくれる。

「ワイルド・アット・ハート」を見ると、デヴィッド・リンチがカルトの帝王ではなく、先人の映画監督、それもアメリカではない異国の映画人と共通点を持つことがわかってくる。しかしだからといって、全ての要素を他の監督に還元できるはずもない。そこにはやはりリンチしか刻み得ない刻印がしっかりある。

亡くなった今こそリンチ映画の本領発揮ではないか。この世にいる私たちとあの世にいるリンチ、二つの空間に分かれてしまった。が、リンチ作品が教えるところでは、必ず出会う日が来る。二つの空間は必ず交わる。それまでリンチ映画を見続けて、きたるその日を待ち続けたいと思う。

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■ワイルド・アット・ハート(原題:Wild at Heart)
監督:デイヴィッド・リンチ
原作:バリー・ギフォード『ワイルド・アット・ハート』
脚本:デイヴィッド・リンチ
撮影:フレデリック・エルムス
プロダクション・デザイン:パトリシア・ノリス
編集:デュウェイン・ダンハム
音楽:アンジェロ・バダラメンティ
出演:ニコラス・ケイジ、ローラ・ダーン、ダイアン・ラッド、ウィレム・デフォー、イザベラ・ロッセリーニ、ハリー・ディーン・スタントン、J・E・フリーマンほか
配給:KUZUIエンタープライズ=ブランディローズ

(イラスト:水彩作家yukko

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映画鑑賞が趣味なんですが、毎回必ず寝てしまいます。映画館で寝落ちしない方法をご存知の方はぜひ教えてください。