どの場面が現実で幻想なのかを見極めるヒントとして、1999年に公開された「マトリックス」を紹介したい。「マトリックス」では赤と青のカプセルで現実と虚構の世界を表現している。主人公が赤いカプセルを摂取すると現実世界を知ることになるが、青いカプセルを摂取すると仮想空間へ行き、現実逃避ができるという究極の選択を迫られる名シーンだ。
2年後に公開された「マルホランド・ドライブ」にも、「マトリックス」のオマージュとも思える「赤と青」の技法が用いられている。ハリウッドに夢を抱いてやってきた若い女性が思い描いていた未来と異なる現実を「赤」、自分の理想としていた人生を「青」として表現しているのだ。
我々観客はまるで、現実と幻想という2つの世界へ迷い込んでしまったかのような感覚になる。
本作で描かれるストーリーは、昨今の芸能界で問題視されている性被害をも想起させるだろう。夢を追いかけ芸能界に飛び込んだものの、権力者から性行為を強要される。断れば干されてしまい、行き場を失う。声をあげれば、逆に誹謗中傷を受け、中には自死を選択するといった悲劇も生まれている。
また、アメリカンドリームを掴もうとし、国内外からアメリカへ集まってきた者たちの現状にも酷似している。夢破れたのち、十分な職につけず、帰ることもできず、路上生活を強いられる。現実逃避したいと始めた薬物に溺れ、現実と虚構の世界もわからぬ状態となり、路上で死んでいく者たちが増え続けていることは、アメリカ国内で大きな社会問題となっている。
本作は20年以上前の作品ではあるものの、今見ても古臭さを感じないのは、20年前からこれまでの間でこの世界は大きく変わっていないということ、自身の抱えるさまざまな「悪夢」から抜け出せない多くの人がいるという「現実」があるからなのかもしれない。
夢の街・ハリウッド。
マルホランド・ドライブを通り、ハリウッドサインがある山の麓から見えるロサンゼルスの景色は、「ここで絶対に大きな夢を掴んで帰りたい」と希望を胸に抱くほどに美しい。実際、ハリウッドでの生活は実に刺激的だ。
映画「マルホランド・ドライブ」で描かれる物語は一体誰の夢なのだろう。
あなたはどう感じるだろうか。デヴィッド・リンチが遺した「ハリウッドの悪夢」に取り憑かれ、考えてみてほしい。

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■マルホランド・ドライブ(原題:Mulholland Drive)
監督:デイヴィッド・リンチ
脚本:デイヴィッド・リンチ
撮影:ピーター・デミング
美術:ジャック・フィスク
編集:メアリー・スウィーニー
衣装デザイン:エイミー・ストフスキー
音楽:アンジェロ・バダラメンティ
出演:ナオミ・ワッツ、ローラ・エレナ・ハリング、ジャスティン・セロー、アン・ミラー、ロバート・フォスターほか
配給:コムストック
(イラスト:水彩作家yukko)