【心の傷を癒すということ】人の心に向き合い続けた精神科医の生涯。精神疾患への偏見を拭い去り、人の弱さから光を見出す物語

「弱いってええことやで」弱いからできること、気付けることがある

本作では、子どもたちが避難所で行った「地震ごっこ」にも触れている。子どもたちが行う地震ごっこは、受け入れ難い現実に混乱しながらも、どうにか気持ちの整理をつけようする過程の一部である。PTSD同様、阪神・淡路大震災がきっかけでこの認識が広く知られるようになったが、当時は「不謹慎だ」として大人たちの怒りを買った。だが、和隆は子どもたちの行動背景と心理状況をわかりやすく説明し、周囲の大人に理解を促した。

一人の少年が、和隆に言った。

「僕よりつらい目にあった人、いっぱいおるし」

和隆は、その言葉に次のように返した。

「おぉ偉いな、って言うと思ったら大間違いや。こんなつらいことがあった、こんな悲しい気持ちになった、そういうこと、話したくなったら遠慮せんと話してほしいねん」

続けて和隆は、「弱いってええことやで」と語る。「弱いから、ほかの人の弱いとこわかって助けあえる」と。誰かのつらさと自分のつらさを比べなくていい。弱音をこぼしていい。和隆の言葉には、負の感情を力に変える包容力があった。「弱いことは悪いことじゃない」と言う人は多いが、和隆のように「弱いことはええことや」と言い切ってくれる大人が、果たして何人いるだろう。

強くあれ、気高くあれ、弱音を吐かず、辛抱強くあれ。この国独特のそんな風潮が、被災地の人を苦しめる。阪神・淡路大震災から16年後、東日本大震災が起きた。当時、「東北の人たちは我慢強いから大丈夫」という言説が広く出回った。私の出身地も東北である。被災した友人は言った。「我慢強くなければ東北人じゃないと言われているみたいで、弱音を吐けなくなった」と。

渦中にいる人に必要なのは、叱咤激励ではなく必要な寄り添いと支援である。和隆は、そのことをよく知っていた。

和隆は、書籍刊行から数年のうちに病を患い、若くしてこの世を去った。妻・終子は悲しみにくれながらも、3人の子どもたちを立派に育て上げた。

映画の終盤に生まれたものは、間違いなく希望であり、灯火であった。

故・克昌の意思は引き継がれた。命の灯は、つなぐ人がいれば消えることはない。本作を通して、そのことを肌で感じた。

和隆が生涯をかけて向き合った「心の傷を癒すということ」の答えは、作中に登場する。悲しくつらい現実の中、和隆の言葉はどこまでも温かく、寄り添いに満ちていた。言葉の刃を振り回す人ではなく、和隆のように、丁寧に慎重に言葉を積み重ねる人と、手をつないで歩いていきたい。心に傷を抱えて生きる人を減らす未来は、きっとその先にある。

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■心の傷を癒すということ
総合演出:安達もじり
演出:松岡一史、中泉慧
原案:安克昌『心の傷を癒すということ』
脚本:桑原亮子
美術:近藤智、瀬木文
技術:坂本忠雄、岡元昌弘
撮影:西鍵真治、関照男、中島健作、追出町未来、大倉秀友
音楽:世武裕子
主題歌:森山直太朗「カク云ウボクモ」
出演:柄本佑、尾野真千子、濱田岳、森山直太朗、浅香航大、清水くるみ、上川周作、濱田マリ、趙民和、内場勝則、谷村美月、平岩紙、キムラ緑子、石橋凌、近藤正臣ほか
配給:ギャガ
TV版制作・著作:NHK
公式サイト(テレビドラマ版):https://www.nhk.jp/p/ts/V3J6VN6JQX/

(イラスト:水彩作家yukko

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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729