大の両親が抱えてきた苦労とはまったく別のところで、大自身も悩み、苦しんできた。その原因を作ったのは「障害者の両親」ではなく、周囲の心ない言葉や無理解からくる一方的な態度である。例えば、社会人になった子どもが生家を出て遠方で一人暮らしをする際、大抵は「巣立ち」という表現が使われる。だが、大は自分のことを「親を見捨てた息子」と捉えていた。大にそう思わせたのは、社会が押し付けた無言の圧力によるものだと私は思う。
映画のラストシーンにおいて、母は大に「ありがとう」と言った。母の言葉を受けて、顔を歪ませて泣き出す大の姿は、胸に迫るものがある。大が涙した理由に、どうか思いを馳せてほしい。周囲の何気ない一言、好奇の目、理不尽な偏見が、いかに当事者および当事者家族の行動範囲を狭めるのか、そのことを知ってほしい。
本作は、紛れもなく家族の物語である。その中で描かれるひとりのコーダの人生が、さまざまな側面でバリアを溶かすきっかけになればいい。同時に、声を上げた者だけを矢面に立たせることなく、社会全体が力を合わせてマイノリティの抱える問題に向き合ってくれることを切に願う。それが叶えば、この世界から「障害者」という言葉も、「マイノリティ」という言葉もなくなるかもしれない。障害を作っているのは当事者ではなく、いつだって社会のほうだから。
──
■ぼくが生きてる、ふたつの世界
監督:呉美保
原作:五十嵐大『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』
脚本:港岳彦
企画・プロデュース:山国秀幸
音楽:田中拓人
撮影:田中創
照明:溝口知
録音:小清水建治
美術:井上心平
衣装:兼子潤子
ヘアメイク:山内聖子
編集:田端華子
手話演出:早瀬憲太郎、石村真由美
テーマソング:下川恭平
出演:吉沢亮、忍足亜希子、今井彰人、ユースケ・サンタマリア、烏丸せつこ、でんでんほか
配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/FutatsunoSekai/
(イラスト:水彩作家yukko)