【フィンガーネイルズ】愛し続けるためには、小石の確認作業の継続が不可欠である。

ものを書く仕事をしていると、不愉快なコメントをぶつけられることがままある。正当な批判ではなく、人格否定のようなものも少なくない。そういうとき、パートナーは加害者に対してぼくと同じ温度で怒ってはくれない。もとより彼は感情の起伏があまりないタイプで、ぼくを虐待していた両親に会った際にも「俺には良くしてくれてるから、嫌な印象を持っていない」と言っていた。

ぼくを傷つけた相手に殺意を示すぐらいが、ぼくを慰めて救うのに。彼はけっしてそうしてはくれない。もちろん彼の言動はぼくを大事にしていないゆえのものではなく、彼の性質に由来するものに過ぎないということは、ぼくもよくよく理解している。けれども自分が激しい気性の持ち主だからか、ときどきどうしようもなく寂しくなってしまう。付き合っていたころは相違点も共通点と同じくらい愛しく思っていたし、自分にはないものを持っている彼を尊敬していたはずだったのに。

だからアナの「愛し合っているのに、孤独に感じる瞬間がある」という台詞に、深く深く共感した。

ひっそりと苦悩するアナの研修を担当することになったのが、同じく“愛”について不安と疑問を抱えるインストラクターのアミールだった。検査を控えたカップルの絆を深めるセミナーで、アナはアミールのアシスタントに就く。ともにカップルたちを支え、見守るうち、いつしかふたりは惹かれ合う。互いにパートナーがいるにも関わらず。似た不安を持つもの同士、共鳴しやすかったのだろう。

もしもライアンがアナの不安に向き合うことができるひとであったなら、アナはアミールに目移りすることはなかっただろう。けれどもライアンは陽性の検査結果に安心しきっていて、アナが「私たちが検査したときにはセミナーがなかったから受けてみないか」と誘っても「陽性だったんだから」と取り合わなかった。

陽性にあぐらをかき、アナの漠然とした不安を取り除こうとはしない。これでは本末転倒と言えよう。愛情を保証するための検査結果が慢心を呼び、コミュニケーションを希薄にする。これから先、未来もずっと共に在りたいと願ったからこそ受けた検査だったはずなのに。

きっとアナの寂しさをだれよりも正しく理解できるのは、アミールなのだろう。それゆえアナは、とある経緯でアミールと自分の爪を密かに検査する。結果は50%──「片想い」だ。理論上、ふたりの人間と同時に陽性となることはあり得ないとされている。この結果に動揺したアナはライアンに再検査を提案するが、しかし以前と同じく拒絶されてしまう。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。