【フィンガーネイルズ】愛し続けるためには、小石の確認作業の継続が不可欠である。

アナの危惧するふたりの関係性は、ライアンも劇中で言うように多くの長く付き合ったカップルにありがちな、新鮮さが薄れて安定したものに変化しただけとも捉えられる。ただ、アナが抱えるズレへの恐怖心は想像に難くない。

ふたりが隣り合わせの部屋にいながら壁越しに会話をするシーンが、それを象徴している。“今日あったおもしろい出来事”としてアナが「校長(本当は研究所の職員)の部屋にアダムとイヴがふたりでりんごを分け合ったという内容のポスターが貼られていた」と話すのだが、ライアンは「故事を変えるべきじゃない」と不快感をあらわにする。アナはただ日々の何気ない出来事を共有したいだけで、なにも聖書の解釈について議論したいわけじゃないのに。

ズレ自体はごく些細なものだ。けれどもしょっちゅう目につくと、否応なしに不安が増していく。本当にこのひとでいいのか。本当にこのひとは自分を愛しているのだろうか、自分はこのひとを愛しているのだろうか──愛し続けられるのだろうか。そんなふうに、心の奥底に澱が溜まっていく。

ぼくにも覚えがある。というよりも、現在進行形でアナと同じく澱を溜め込んでいると言ったほうが適切かもしれない。ぼくとパートナーは、昨年で結婚5周年を迎えた。付き合っていたときから数えると、共に過ごした年月はもっと長い。

付き合いたてのころは、ぼくは彼にはっきりと恋をしていた。それを自覚したのは、彼がぼくと出会う前とある女の子からデートに誘われたときのエピソードを聞いた瞬間だった。ふたりは夜景を観に東京タワーへ登ったのだが、きらめくビルの灯りたちを見下ろした彼女は「元気を貰えました!」と言ったらしい。その言葉を聞いて「余計にないなと思っちゃったんだよね」と苦笑する彼の、今よりもっと若いころの顔を、鮮明に思い出すことができる。

同じだ、と感じたのだ。気持ちが萎えるポイントや、ダサいと思う感覚。それらが自分の中のセンスとぴったり一致して、彼の過去の恋愛話──といっても彼に気持ちはなく交際には発展しなかったが──であったにも関わらず、「こんなに似た感情のパターンを持つひとに出逢ったことがない」と感動を噛み締めていた。季節が冬だったことも、その話を聞いたのがふたりでよく通ったビリヤード場だったことも、その日彼が来ていた服の色までも、明確に覚えている。

そうだったはずなのに、今ではズレのほうが多く視界に入る。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。