私が繰り返し同じ夢を見るのは、なぜだろう。現実の私は、もう孤独じゃないのに。
ただ、本当に孤独だった時、私はそんな夢を見なかった。
むしろ満ち足りた夢を見て、目を覚ましたときに気づく現実のどうしようもなさに、繰り返し傷ついてきたのだ。
だから、あの頃はずっと夢の中にいたくて、延々眠っていたかった。
今、私は、目を覚ます度、自らの幸運に感謝する。
今日も夫がいて、息子がいる。彼らの存在に感謝する。
意味もなく好きな人の名前を呼ぶ。
相手が「何?」と問い返し、「なんでもない」と答える。
好きな人の名前を好きなだけ呼んで許されること。その無意味さこそが幸せ。
夫と息子を、自分の孤独を癒すための道具にしていないのかと問われたらどうだろう。
夫が、息子が、この人物でなければいけない絶対的理由はあるのか。
別の人物がその役割に成り変わっても、あなたにとっては同じではないのか。
その答えについて、少し考えてみて、そして私はこう言おう。
この人でなければいけない理由なんて、本当に必要だろうか。
絶対にこの人でなければいけないなどという考えは執着ではないのか。
これは、愛だ。獲得したのではなく、到達した愛なのだ。
私たちの間にあるものが愛だ。夫との9年、息子との8年が、そのすべてだ。
始まりには別の名前がついていたかもしれないものも、時に育まれ愛に到達する。
きっと今の私は「年齢と女の価値は無関係」と言い放つ、不遜な気高ささえ持っている。
桃子は、夫の愛を失って狂っていったのではない。
最初から愛なんてなくて、最初から狂っていた。
だから、愛への渇望を手放すと同時に、彼女は悪夢から目を覚ます。
自分が本当に欲していたものの正体を知って、憑物がとれたように。
彼女はいつか愛に到達するのかもしれないし、しないのかもしれない。
ただ、彼女が未来を見つめる顔は、とても清々しい。
執着したもののすべてを打ち壊し、恐ろしい井戸は埋めてしまおう。
そこに新しい、家を建てるのだ。
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■愛に乱暴
監督:森ガキ侑大
原作:吉田修一『愛に乱暴』
脚本:森ガキ侑大、山﨑佐保子、鈴木史子
撮影:重森豊太郎
照明:中須岳士
美術:松永桂子
録音:猪股正幸
装飾:岩本智弘
編集:平井健一
スタイリスト:望月恵
ヘアメイク:澤田梨沙
音楽:岩代太郎
出演:江口のりこ、小泉孝太郎、風吹ジュン、馬場ふみか、水間ロン、青木柚、斉藤陽一郎ほか
配給:東京テアトル
公式サイト:https://www.ainiranbou.com/
(イラスト:水彩作家yukko)