もしも核戦争が起きたなら
「風が吹くとき」はイギリスのイラストレーター・漫画家であるレイモンド・ブリッグスの同名作品(絵本)を1987年に映画化したものである。彼の代表作である、児童向けの絵本「さむがりやのサンタ(Father Christmas)」、「スノーマン(The Snowman)」は日本でも広く知られている。やわらかい線、まるっこい輪郭、やさしい表情で描かれる登場人物。絵本で使われるような表現で、核戦争が起きたイギリスの片田舎で暮らす老夫婦が放射線によって死ぬまでが描かれるのだ。作者が意図的に作ったギャップに強い意志を感じる。
作品の大筋はこうだ。
イギリスの片田舎で年金生活を送るジムとヒルダ。世界情勢が悪化している中で、ある日東西陣営による戦争が勃発したことを知る。2人は、政府が発行したパンフレットに従い、保存食の用意や室内シェルターの作成といった準備を始めるが、突然、ラジオから3分後に核ミサイルが着弾すると告げられる。
あわてて室内シェルターに逃げ込んだジムとヒルダ。窓の外に見える真っ白な光と激しい爆発。衝撃で家具が倒れる、食器が割れるなど、室内に大きな被害は出たが、2人は怪我を避けることができた。窓の外には、焼け焦げて真っ黒になっている田園風景。通信手段と移動手段が絶たれ、2人は完全に孤立してしまう。ジムはヒルダに「もうすぐ政府が救出作戦を行うはずだ。それまでここで待っていよう」と明るく語りかけ、日常生活を再開する。しかし、放射線によって蝕まれた2人は次第に衰弱していく。食料も水もなくなっていく。2人は、それでも救助の手が来ると信じ、室内シェルターの中でこもって待ち続ける。そのうちに、動けなくなる2人。髪が抜け、身体中に斑点が浮かび上がって動揺するヒルダを落ち着かせようと、ジムは祈りの言葉を唱えるが、言葉がうまく紡げない。そのうちに、声は次第に小さくなり、立ち消えていく。
手書きのような線でふわりと描かれるキャラクターがアニメーションとして動いていると、フィクションというよりもファンタジーのようにも見えてしまう。そういった印象を持たれることを回避するためだろう、映画の冒頭にどこかの軍隊(恐らくソ連)が核ミサイルを輸送している実写映像がモノクロで映し出される。また、実写の背景(例えば、爆撃で割れた食器が散乱している写真)の上にアニメーションが描かれる、といった手法も用いられている。こうした形で、「アニメーションという形式だが、これは現実を描いているのだ(お忘れなく)」というメッセージが随所に込められているのがこの作品の大きな特徴になっている。