【虎に翼】私が思う“まっとうな”大人とは

家庭裁判所設立ののち、寅子は新潟県・三條支部に異動となった。そこに行き着くまでにはさまざまな背景があり、母親である寅子の家庭との向き合い方も大きなテーマとなっている。仕事に邁進するうち、寅子と家族の関係に、いつの間にかヒビが入りはじめていた。寅子の一人娘である優未は、母親の求める“いい子”でいようと必死だった。家事と育児の一切を取り仕切る花江が、たまらず寅子にその事実を伝えたことで、ようやく寅子は自分と家族の大きなズレに気づく。

仕事と家庭の両立。長年、女性が強いられてきた難解な問題だが、作品で描かれる昭和の時代、もし寅子が男であったなら、おそらくこの描写はなかった。いわゆるバリキャリと呼ばれる働き方をしていた寅子が女性だったからこそ、家族の不満も表出しやすかったのだろう。外で働き、家庭を省みなかった男性もまた、本来であれば同じ問題を共有すべきだったはずだ。

私自身、現在仕事と育児を両立する身である。この原稿を執筆している今は、まさに夏休み真っ只中。長男の部活、次男の外遊び、夏休みの宿題、三度の食事、寝かしつけ。その合間に家事をこなし、原稿に向き合う。正直、時間がいくらあっても足りない。すべてを完璧にしようと思うと、どこかしらで歪みが出る。「虎に翼」が多くの人に支持される理由のひとつとして、家族が寅子に「完璧を求めない」ところが挙げられる。

優未を連れて三條市への引っ越しを終え、「仕事も家のことも優未のことも完璧にやる」と手紙に綴った寅子に対し、花江は「寅ちゃんはなんにもわかってない」とバッサリ言い放つ。家事育児を一手に担ってきた花江だからこそ、そんなことは不可能だと、そんなに気負っては潰れてしまうと、実感を伴って理解しているのだろう。寅子のように外でバリバリ仕事をする女性だけではなく、花江のように家庭を守ることに尽力してきた女性にも光を当て、言葉に力を持たせる。かつて長い期間、専業主婦を務めてきた私は、花江の存在に多くの勇気をもらっている。

三條支部での寅子の活躍を描く上で、本作は関東大震災の直後に起きた「福田村事件」についても触れている。事件の背景については、2023年に公開された映画「福田村事件」のコラムで詳細を綴っている。関東大震災時に起きた大規模火災が、日本国民を恨んだ在日朝鮮人の仕業である、などという流言飛語が飛び交った。それらは根も葉もない憶測だったが、噂話を信じた村人が自警団を組織し、情動に任せて大勢の朝鮮人を虐殺したのである。福田村事件は、朝鮮人と勘違いされた被差別部落の行商人一行が殺害された事件を指す。

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エッセイスト/ライター。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『BadCats Weekly』など多数|他、インタビュー記事・小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。