綿子とその夫・文則の仲は冷め切っていた。互いへの愛情や尊敬の念は薄れていて、今にも破綻しそうな綱渡り的夫婦関係をどうにかこうにか続けている。そんな折、友人の紹介で知り合った木村(綿子と同じく既婚者)といつしか不倫関係に陥る。
ぎこちない綿子と文則の関係性に対し、綿子と木村のそれはとてつもなく自然だ。1泊2日でグランピングへ向かうふたりは、電車内で待ち合わせ、ごくナチュラルに手を握り合う。そこにあるのは他愛のない会話であり、ワイドショーや昼ドラみたいなじっとりした熱も、付き合いたての恋人のような高揚もない。そのへんにいるありふれた「夫婦」そのものの空気感が、ふたりのあいだに常に横たわっている。
綿子と木村は、基本的に向かい合わない。グランピングでも、ふたりはいつだって横に並ぶ。隣に座り、隣を歩く。対して文則と綿子は、いつも正面に対峙する。横と、正面。この対照が、綿子と木村・綿子と文則の関係性の違いを浮き彫りにする。
木村はテントの中で、綿子にペアリングを渡す。「お互い指輪してないほうに」と渡されたそれを見て、綿子は心底幸せそうに笑う。そしてふたりは結婚式さながら、互いの指に嵌め合う。綿子はペアリングをつけたふたりの手を重ね、写真を撮る。
帰りがけ、昼食を済ませたあと、ふたりは次の逢瀬を約束する。じゃあまたね、と別れて綿子が文則に電話をかけた途端、それは起きた。木村が車に撥ねられたのだ。
即座に電話を切って、横断歩道に横たわる木村のもとに駆け寄ろうとする。救急車を呼ぼうとするものの、木村との関係が露呈する恐れから、とっさに踵を返しその場を立ち去ってしまう。そこから、綿子の魂の放浪が始まる。