それでも、アイドルを推すことは素晴らしいことだ。
アイドルを推す意味は千差万別とは思うが、その中に一般的な人間関係以上の「絶望」が内包されていると感じずはいられない。
ひょっとしたら、アイドル業界は人間関係の「絶望」と「形而上的な女性」を換金しているのかもしれない。
【推しの子】には、
今までのアイドルをモチーフにした作品にはない構造がある。
「不存在」だ。
その不存在とは
「主人公としてのアイドル」である。
通常、アイドルをモチーフにした作品では、アイドルがファンとの交流を通して、成長していく姿を描くのが一般的である。(例:「推しが武道館いってくれたら死ぬ」、「だから私は推しました」など)
人称はアイドルやオタクだったりするが、あくまでも歌って踊って、成長する青春スポコン系であることが多い。しかし【推しの子】は、それらの特徴を有していない。
序盤で、「主人公としてのアイドル」であるアイは殺されてしまうからだ。
アイの息子である星野アクアマリンは、事件の真相を追いかける。自らの父を探すミステリーものとなっているのだ。
このドーナツのような、中心の「不存在」こそが、本作品の魅力である。
アイが亡くなったことによって、出来上がった「不存在」を中心に物語の針が動いていく。
この「不存在」は、僕の好きな作家の村上春樹氏の小説にも多く取り上げられている。
友人・恋人・妻の失踪をきっかけに不思議な世界へ旅立つ(例:『羊をめぐる冒険』、『ねじまき鳥クロニクル』など)
この「不存在」の痛みは、自分から何かをこそぎ取られたような痛みになる。
それまで当然として在ったものが、無くなってしまい、平衡感覚が消え失せてしまう。
井伏鱒二が「さよならだけが人生だ」と詠んだが、我々は、毎日どこかで何かしらを「さよなら」してるともいえるだろう。
しかしながら、その「不存在」を修復して、そこに次に何を入れるかが人生の目的かもしれない。
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■【推しの子】
監督:平牧大輔
原作:赤坂アカ×横槍メンゴ『【推しの子】』
助監督:猫富ちゃお
シリーズ構成・脚本:田中仁
キャラクターデザイン:平山寛菜
サブキャラクターデザイン:澤井駿
総作画監督:平山寛菜、吉川真帆、渥美智也、松元美季
メインアニメーター:納武史、沢田犬二、早川麻美、横山穂乃花、水野公彰、室賀彩花
美術監督:宇佐美哲也
撮影監督:桒野貴文
編集:坪根健太郎
音楽:伊賀拓郎
オープニング主題歌:YOASOBI「アイドル」
エンディング主題歌:女王蜂「メフィスト」
出演:高橋李依、大塚剛央、伊駒ゆりえ、潘めぐみ、石見舞菜香、大久保瑠美、伊東健人、高柳知葉、内山夕実ほか
放送局:TOKYO MXほか
(イラスト:Yuri Sung Illustration)