パリ郊外。団地で暮らすカレブはある日、珍しい毒グモを入手。しかしクモは部屋から脱走、たちまちクモは繁殖・増大してしまう──。
監督は、本作が長編デビューとなるセヴァスチャン・ヴァニセック。「グランツーリスモ」にも出演したテオ・クリスティーヌが主人公のカレブを演じている。
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映画「スパイダー/増殖」についての執筆依頼を受けた時、私はタイトルだけを見て軽い気持ちで承諾した。スパイダーマンのようなヒーローものの作品だという謎の先入観があったからだ。
しかし、すぐに後悔することになる。なぜならば、それがいわゆる【パニック・ホラー】というジャンルの映画だったからである。正直パニックもホラーも苦手なジャンルなのに、そのハイブリッドって……。勇気を出して観た私から皆さんに言えること、それは軽い気持ちで観ないほうが良い、ただ言うほど後味は悪くなかった、である。
簡単にあらすじを紹介する。
主人公は、希少動物好きな若者の男性。彼が手に入れた一匹の毒グモが部屋から脱走し、凶暴化と増殖を繰り返しながら、閉鎖されたアパートの住民たちに襲いかかるというものだ。舞台となるアパートはフランス郊外にある古い建物。低所得者の方や高齢者の方が住んでおり、アパートに留まる者もいれば、逃げようとする者もいる。主人公を含むアパートの住人は果たして逃げることができるのか?という、あらすじとしてはシンプルで見やすい映画である。
この映画を観終えてすぐの感想は3つ、「気持ち悪い」「目が覚めた」「呼吸を忘れた」である。
やはりクモのような虫(クモの定義は分からないですが、私にとってクモは虫です)が大量発生して動き回っている様はしっかりと気持ち悪い。ドアを開けても、箱を開けても、大量にそして素早く襲いかかってくる虫は気持ち悪い以外の何物でもない。さらに描写のリアリティがすごすぎて映像に没入させられるから厄介だ。シーンごとに気持ち悪さがレバーブローのように積み重なる。
また、早い段階からクモに対して攻撃したり逃げたり、住人同士がことあるごとに喧嘩したりするので息つく暇がない。終始、脳内が覚醒状態である。さらに息を潜めるシーンでは同じように自分も呼吸を止めてしまう。最初から最後まで間延びしている部分がなく、ずっと音楽のサビのような状態が続くイメージだ。これだけ休憩なくスリリングな世界に入り込み続けると、約100分の上演時間はあっという間、フルマラソンを完走するくらいの疲労感がある。ちなみに私はフルマラソンに参加したことはない。
単純に大量発生する毒グモから逃げるだけの映画かと言われると、実はそんなこともない。意外と、命の重さを考えさせられるのだ。
前述の通り、舞台は低所得者の方々が住むアパートだ。転売で生計を立てている人がいたり、薬というワードが出てきたりと、なかなかタフな生活を送っている。そんな彼らに世間は冷たい。ウイルスが疑われる死人が出ると、警察や国の判断で、住人をアパートに完全に閉じ込める意思決定をする。“外側”にいる大勢の人々を助けるために、“内側”にいる住人の命を守らないやり方。痛烈な社会風刺といえるだろう。