この映画は没入感がすごいので、自分もその世界に(アパートに)いる錯覚に陥った。
だからこそ考える。自分だけが助かれば良いのか、それとも住人たちを助けるのか。
誰を助けて、誰を助けないのかというリアルな心情。世界のみんなに平和で笑顔で生きてほしいと常に思っているつもりではあるが、実際どうなんだろうと考えながら観てしまった。
ネガティブな描写をされていた人物に対しては置いていって逃げれば良いと思ったり、主人公がお世話になっていて良い描写をされていた人物に対しては助けたいが明らかにもう助からなさそうであるならそのまま置いていけば良いと思ったり、案外冷静に残酷な判断をしてしまいそうだなと、自分がいかに冷たい人間なのだと実感する結果となった。主人公が逃げ切れたのかどうかについての明言は控えるが、最初からずっと気持ち悪く鳥肌が立っていたが、最後のシーンで清々しさを感じたことは言っておこう。多くの死体や、大量の毒グモたちの映像が脳裏に焼き付いてはいるものの。
さて、この映画を観たほうが良いか、観ないほうが良いかについても触れたいと思う。最初に私が伝えた、この映画は「軽い気持ちで観ないほうが良い、ただ言うほど後味は悪くなかった」に関しては文章を書いたあとでも同じ気持ちである。
だが、お化け屋敷と同じように「めっちゃ怖いけど意外と最後までいけた」感覚なので、一歩踏み出せば案外最後まで観られる。つまり、一歩踏み出して観てみてほしい。そして私と同じように、シャワーを浴びるときにクモが大量発生してくるのではないかと怯える後遺症を共有してほしい。この感覚が多くの方の脳に増殖することを願っている。
最後に、恐竜の時代から人間の時代になったように、人間の時代からクモや他の新しい生物の時代に移り変わる日も来ることだろう。それがいつになるかは分からないが、恐ろしい未来を想像してしまう。しかし私は思う、その時代はせめて自分の寿命が終わってからが良いと。私の器はクモよりも小さい。
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■スパイダー/増殖(原題:Vermines)
監督:セヴァスチャン・ヴァニセック
脚本:セヴァスチャン・ヴァニセック、フローラン・ベルナール
撮影:アレクサンドル・ジャマン
セットデザイナー:アルノー・ブニオール
音楽:ダグラス・カバナ、グザヴィエ・コー
出演:テオ・クリスティーヌ、フィネガン・オールドフィールド、ジェローム・ニール、リサ・ニャルコ、ソフィア・ルサーフルほか
配給:アンプラグド
公式サイト:https://unpfilm.com/spider/
(イラスト:水彩作家yukko)