「長く生きる=人生を全うする」ではない。原作者の佐々涼子——ここからは敬愛を込めて「佐々さん」と呼ぼうと思う——は2024年9月1日に56歳でこの世を去った。私がこの原稿を書いている1ヶ月ほど前のことだ。2022年11月に悪性の脳腫瘍と診断され、2年間の闘病生活を送っていたという。
国際霊柩送還という仕事を世に知らしめることとなった本ドラマの原作『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』や、東日本大震災とその被害から復活する製紙工場の姿を描いた『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』、終末期のがん患者との日々をつづった『エンド・オブ・ライフ』。生と死をテーマにするノンフィクション作家と呼ばれる佐々さん。
本作の執筆依頼をいただいた日、偶然にも私は飛行機に乗ることになっていた。フライト中にドラマの原作をKindleで読むうち、飛行機はあっという間に夜の羽田空港に着いていた。すぐに帰る気にもなれず、離着陸する飛行機を空港のラウンジで眺める。この世界にもう佐々さんがいないことが信じられなかった。
実は佐々さんと私は、どこかですれ違っていたかもしれない。私は大学時代を宮城で過ごした。大学3年生になる直前に東日本大震災を経験。在学中は宮城県沿岸を中心に被災地を訪れる人たちをサポートしたり、卒業後もいわゆる「災害遺構」と呼ばれる場所へよく足を運んだりしていた。石巻もそうしたところの1つだ。とはいえ、日本製紙石巻工場の詳細は佐々さんの著作を通じて初めて知ることとなる。ひょっとしたら取材中の佐々さんを宮城のどこか——仙台駅や石巻市内——で、お見かけしていたかもしれない。
震災後、私はあの出来事を記録に残さずにはいられなかった。どこかで勝手に「生き残ってしまった」ような気がして、記録してそれを誰かに伝えるのも、残された人の責任のように感じていた。話を聞かせてくださる人がいれば必死に話を聞いた。写真に撮るのも言葉として表現するのもためらうほどの数々の景色を前に、途方にくれたことも一度や二度ではない。震災の記録として公に出す原稿もいくつか手がけた。津波を直接目にしながら逃げた人の話。遠い地でテレビで津波の映像をリアルタイムで見ながら「逃げろ」「来るぞ、そっちじゃない」と泣きながら叫ばずにはいられなかったというエピソード。民間人ながら沿岸に行って必死で遺体を探し続けた方の経験談。聞くのも辛いが、経験した人はもっと辛い。聞かせてもらった人間の責任だと思い、書き続けた。
書き手として偉大な先輩である佐々さん。私は佐々さんの書くものをもっと読んでみたかった。もっと生きていてほしかった。それでも、佐々さんが人生を全うできなかったとは少しも思わない。佐々さんは最後の著作の中でこう綴っている。
私たちは、その瞬間を生き、輝き、全力で愉しむのだ。そして満足をして帰っていく。
(佐々涼子(2023)『夜明けを待つ』集英社インターナショナルより引用)
なんと素敵な生き方だろう。私もこうだったらいい。だから、今日は私も次の約束をせず、こう言って別れることにしよう。
「ああ、楽しかった」と。
私もいつだってその瞬間瞬間を全力で愉しんでいたい。単純で些細で、かけがえのない言葉 ——「ありがとう」「ごめんね」「だいすき」——を大切な人に日々伝え続けていきたい。自分や誰かの忘れたくない記憶や想いも書き続けていきたい。ほかでもない佐々さんがそうしてくださったように。
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■エンジェルフライト 国際霊柩送還士
監督:堀切園健太郎
原作:佐々涼子『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』
脚本:古沢良太
撮影:相馬和典
美術:YANG仁榮
照明:鈴木岳
装飾:前田亮、平井浩一
録音:下元徹
編集:大畑英亮
音楽:遠藤浩二
出演:米倉涼子、松本穂香、遠藤憲一、城田優、矢本悠馬、野呂佳代、徳井優、草刈民代、向井理ほか
配信:Amazon Prime Video
公式サイト:https://www.amazon.co.jp/dp/B0B66G3JG3
(イラスト:水彩作家yukko)
*1:佐々涼子『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』