【めくらやなぎと眠る女】蠅に肉を食い尽くされ、“空虚”になってしまったひとの存在について

本作「めくらやなぎと眠る女」は、“ここではないどこか”へ連れて行ってくれる春樹作品初のアニメ化となる。『蛍・納屋を焼く・その他短編』に同タイトルの短編小説が収録されているおり、これに加え『かえるくん、東京を救う』、『バースデイ・ガール』、『かいつぶり』、『ねじまき鳥と火曜日の女たち』、『UFOが釧路に降りる』の計6つの作品が翻案され、ひとつの物語として練り上げられている。

舞台は東日本大震災直後の東京。物語はふたりの人物の視点が交互に入れ替わり、並行して進んでいく。ひとりめの主人公は、東京安全信用金庫新宿支店・融資課に勤務する小村だ。小村の妻キョウコは地震から5日間ずっとTVにかじり付いた末に、とつぜん失踪してしまう。「あなたはまるで空気の塊みたい」という残酷な言葉を連ねた置き手紙を残して。ふたりの愛猫であるワタナベ・ノボル(うつろな目をしたキョウコの兄に似ていることから同じ名前を付けられた)も、小村の前から姿を消す。

キョウコとの離婚準備のため小村は1週間の休暇を取得したいと申し出るが、そこで上司から暗に退職を勧められてしまう。会社全体が業務の大半を外部へ委託する方向に舵を切ったため、社員の半分を辞めさせなければならないらしい。「文学を学んだ君にこの職場は合っていない」と上司は言い放ち、休暇中に進退を考えるよう小村を諭す。

ふたりめは小村と同じ職場に勤務する、真面目でおとなしい片桐という男だ。小村ら同僚から仕事を押し付けられ上司に無茶振りをされ、文句も言わず残業に日々励んでいる。現在44歳で、役職には就いていない。親しい友人も恋人もおらず、これといった趣味も特技も持たずに、本人いわく「どうしようもない人生」を送っている。ある日、片桐が帰宅すると、体長2mもの巨大な二足歩行の人語を話す蛙が彼を出迎える。蛙は自らを「かえるくん」と名乗り、片桐に「3月23日に再び大地震が来て30万人ものひとびとが犠牲となる」と告げる。それを引き起こすのは地下で怒りを溜め込んだ「みみずくん」であり、かえるくんは「一緒にみみずくんと闘ってほしい」と片桐に頼み込む。

1 2 3 4
S H A R E
  • URLをコピーしました!

text by

ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。