【アンゼルム】アートとの新しい接続法

深淵をのぞくこと

映画の中で印象的だったキーファーの言葉がある。「自分があの時代に生きていたらどうしたかわからない。1930年代にいたらどんな人間になっていたか」1930年代はナチスが台頭した時代だ。

「人は重さを避ける。人は深淵をのぞくことを嫌がり、楽なのを好む。我々は軽い」そのようなことも言っていた。彼が重厚感のある作品を作る理由のひとつがそこにあるのだろうと思う。鉛の本、鉛の翼、高く積み重ねられた小屋。重みのある作品は、私たちの存在としての軽さと、歴史をすぐ忘れたがる軽薄さを浮き彫りにする。「存在の耐えられない軽さ」という言葉が重くのしかかる。

深淵をのぞくことは難しい。しかもそこに人間の残酷さと非道さがあるとわかっていたらなおさらだ。戦後に生まれたキーファーは、最初から戦時中の祖国のすべてを知っていたわけではないはずだ。戦後ドイツ人の多くが沈黙する中で、学び続けてきたに違いない。

彼の作品に何度も登場し、映画の中でもその詩が登場する詩人のパウル・ツェラン​は、両親を強制収容所で亡くし、戦後も死者の声を表現し続けたが、最後はセーヌ川に身を投じた。キーファーの作品では、ツェラン​の詩の内容やナチスの残酷な行いが直接的に表出されるわけではない。彼の深い思考を経て、見る人も想像をしないとわからないレベルまで表現が昇華されている。だからこそ鑑賞者も、思考すること、重さに向き合うことが求められる。

映画の最後に、クレジットにこんな記載を見つけた。「thanks to : Anselm for the trust」

それを見て改めて思った。これはただのドキュメンタリーではない。映画館という場所でキーファーの作品と対峙できる手段でもあり、キーファーとヴェンダースというドイツ人のふたりの作家が自身のアイデンティティーを見つめ、観客に想像を求める共同のアート作品だ。

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■アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家(原題:Anselm)
監督:ヴィム・ヴェンダース
エグゼクティブ・プロデューサー:ジェレミー・トーマス
撮影:フランツ・ラスティグ
フォトグラファー:セバスチャン・クレイマー
編集:マクシーン・ゲディケ
作曲:レオナルド・キュスナー
出演:アンゼルム・キーファー、ダニエル・キーファー、アントン・ヴェンダース
配給:アンプラグド
公式サイト:https://unpfilm.com/anselm/

(イラスト:水彩作家yukko

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株式会社セイタロウデザイン 取締役、Brand Producer
1983年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、PR会社にてコミュニケーション戦略立案、メディアリレーション、新規事業開発に携わる。その後、制作会社にて映画の宣伝・制作物の企画ディレクションを担当。 2008年、代表の山崎晴太郎と株式会社セイタロウデザインを設立、同社副代表。プロデューサー/ディレクターとして、企業のブランディングを軸にチャネルを横断したデザインプロジェクトの企画・PM・PRなどを手がけている。
EDITORS REPUBLICの編集チームとして不定期でニュースレターを発行。個人的に、現代アートと推し活の世界を深掘りしています。 https://editorsrepublic.substack.com/